遊び心

未来予想図Ⅱ~コースの始まり~

2023年の春、HICOを訪れたあるカップルの話 Vol.2

●これまでのあらすじ(Vol.1へ)

2023年の春。

東京オリンピックも終わり、3年が経った頃のこと。

これは、未来のHICOを訪れたあるカップルの話です。

お客様視点で、HICOはどんなレストランになっているか、想像してみました。

1日3組限定という、完全予約制レストランのコースがいよいよ始まります。

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「ここでは、同じ器は1枚もないんだ」

きれいに面取りされた蕪を食べながら彼が言った。

「どういうこと?」

「既製の器は使ってないんだ。すべて特注か、オーナーの手作り」

「本当?」

「本当だよ。ね」

急に話をふられたサービスの女の子はにこっと笑って頷いた。きれいな仕草をする子だ。年は私と同じくらいか、少し上。

「あの子、品があるよね」

彼女が出た後で、私は言った。

「え?」

「ああいうグラスの持ち方って、普通しないよね」

「ああ、さすが、よく見てるね」

「そりゃ、わたしも料理するもん」

「オーナーはそういうところ、すごく細かいんだ」

彼は、ワイングラスがなぜ何百年も前からあの形状であるか話してくれた。女性が手に持ったとききれいに見えるからだ、なんて知らなかった。彼が関わったオーナーの本に書いてあるらしい。

「私、こんなにワインが美味しいと思ったのはじめて」

「俺も」

料理はどんなストーリーを魅せたいかを考えて作るらしい。前菜やスープや、野菜料理、どれも美味しかった。だけどいちばん面白かったのは、メバルのカルパッチョ。

何も盛られていない、透明な丸い皿が運ばれてきた。これは既製品っぽいけど?と彼を見ると、彼も不思議そうな顔をしていた。

「次の料理にはストーリーがあるんです」

サービスの子がにこっと笑って言った。運ばれてきた皿は、ただの皿ではなく、丸い透明なタブレットだった。

漁船の映像が映し出された。続いて、日焼けした若い漁師さんらしき人の笑顔。海。海底で泳ぐ魚の群れ。岩かげから顔を出すメバル。口をパクパクしている。

テンポよく、画面は変わっていく。

漁師さんの後ろ姿(網を引いている?)。箱に詰められたメバル。暗転。開くとHICOのキッチンになっている。ぴかぴかの包丁で手際よく捌かれ、大きな葉っぱの上にゆっくりとリズミカルに盛られる。

「お待たせしました」

そこで入ってきたオーナー。

「友人の漁師さんから送ってもらったメバルのカルパッチョです」

タブレットの上に置かれると、映像はきらきらと光を反射する海面に変わった。メバルのカルパッチョが笹船に乗っているように見える。

「すごーい」

「すげー」

二人とも声を合わせて感嘆した。

「もう一晩寝かせると旨みが出て食感も柔らかくなるんですが、うちでは鮮度の良さを活かしながら瞬間的に熟成させて、こりこりの歯応えと旨みを両立させました」

彼は目を閉じながら口に入れて、噛みしめた後、みるみる笑顔になって言った。

「めちゃくちゃ旨いです!」

魚が漁師さんの手によって獲られて、運ばれて、料理されて、こうして目の前にあるという当たり前のことに、気がつかない世の中になった。ふだん料理してても工業的に生産された生命感のない素材を使っている気がする。

私は高齢者の施設や自宅に伺って料理や美容のサービスを提供する会社に勤めていた。生活で必要なことはすべてロボットがやってくれる時代だけれど、食事は人の作ったものが良いという高齢者が多い。それでいて、私の作った料理に「味がうすい」とか「ロボットのが美味しい」とか文句を言う人がいた。

メバルのカルパッチョを頂いて、その気持ちがちょっとわかった気がした。きっと、10年前には当たり前だったことを思い出したかったんだ。

「ほんと、おいしい」

白ワインを口に含むと、ふわっとさりげないスパイスの香りがした。

「次はいよいよカルツォーネだよね」

彼も私もうきうきしていた。

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