人を育てること

教えることで成長する

人を育てる真の目的はどこにあるのか?

いちばん深い学びが得られるのは、人を育てようとした時かもしれません。

万物わが師であると、師匠には教わりました。子供からも、どんなに仕事の出来ない上司からも、学ぶことはある。良くないことは反面教師にすればいいのだ、というのです。

それは人に限りません。

一枚の木の葉の落ち方からも、魚の呼吸の仕方からも、町の看板からも、ただじっとしている石からも、学ぼうと思えば学べる。目にし、耳に入り、感じることのできるすべてから人は学べるというのです。

教えると自分が成長する

学ぶ、ということは、なぜそうするのか、なぜそうなるのか、理解することだと思います。ただ単に知ることとは違う。それでは浅すぎる。

人に教えようとすると、それまで知っているに過ぎなかった事が、急に深く自分の中に入ってくることがあります。なぜそうするのか、という深いところの理解が、人に伝えようとすることで、瞬間的にわかったりします。

そうでなくても、改善点に気付いたり、勉強不足を痛感したり、よりよい仕事をするための脳に切り替わるんですね。

・・・あ、流れ作業でやってたけど、この順番でグラスを洗った方が早いし、事故も少ないな、とか。・・・魚種による死後硬直までの違いをあんまり分かってなかったな、帰って勉強しよう、とか。

結果的に自分が成長するのです。

アウトプットを上手になる

人を教えるのに重要なスキルはアウトプットする力です。

私はインプットするのは大得意でしたが、アウトプットするのが苦手でした。結構、そういう人は多いのではないかと思っています。

うまくアウトプットができないと、頭打ちが早い。自分でインプットできるところまでは急成長しますが、ある段階で止まっちゃうんですね。階段でも、途中に踊り場というのがあります。もっと上に上れるのに、踊り場で止まってしまうのです。先へ進めなくなる。

そのことに気付いてから、アウトプットを上手になろうと努力するようになりました。アウトプットとは、コミュニケーション能力のひとつですよね。以前も書きましたが、それが出来れば、向かうところ敵なしというくらい、強力なスキルです。

人を育てる真の目的

人のことなんて関係ない。まず自分が大事。というナショナリズム、保護主義的な考えが今のグローバリゼーションの流れですが、そういう考えでは、長い目で見て、自分たちが不利益になると思います。

人を大事にし、相手の立場に立って考えていくことで、ぜんぶ自分に返ってくる。それが自然の摂理だと、今は思うようになりました。

人を育てる真の目的は、実は、自分を大事にすることなのではないかと思うのです。目的は、保護主義的な考えと一緒ですが、プロセスは真逆です。そして、持続性があるか、という視点が、保護主義的な考えには欠けています。

今が良ければいい、という短絡的な思考は、自然の摂理に逆らうようなことなので、長期的にうまくいかないだろう、という風に私は思いますが、いかがでしょうか。

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