遊び心

サッシカイア|夢と情熱②

常識外れでも可能性を信じる

5大シャトー物語の番外編で、イタリアのサッシカイアというワインの物語を紹介しています。

主人公は、マリオ・インチーザ・ロケッタ侯爵。彼は自分が惚れこんだ土地で、5大シャトーを凌ぐワインを作ると夢を語ります。

そんな彼の運命の出会いを綴った<第一話>はこちらからどうぞ。

常識外れ

舞台は、ボルゲリという、イタリア・トスカーナの田舎町。

マリオ・インチーザ・ロケッタ侯爵がほれ込んだ農園サン・グイドには、オリーブなどブドウ以外の作物が植わっていました。それらを引き抜き、ブドウを植えたのは1944年のことです。

折しも第二次世界大戦のまっ最中。

彼の愛する、ボルドーワインは飲みたくても飲めないほどの状況でしたが、人脈を駆使し、やっとの思いでシャトー・ラフィット・ロートシルトから苗木を譲り受けます。

ぶどう品種は、カベルネ・ソーヴィニヨン。

これは当時のイタリアワインの常識からすれば、斬新なことでした。ボルゲリという、ワイン産地としては無名の地で、ましてぶどうさえ植わっていなかったところへ、古くからイタリアの地で育てられてきた品種ではなく、フランス原産の、外来品種を持ちこんだのです。

また、イタリアをはじめヨーロッパの伝統的なワイン生産国では、その品質や、出自を保証するワインの法律が国で定められており、その規定からはずれると、日常消費用のテーブルワインとしてしか販売できません。

彼のやっていることは、常識外れでした。

信念

近隣の同業者や土地の人々も、はじめは「貴族の気まぐれ」といってマリオ侯爵を嘲笑したそうです。金持ちはすぐに無駄なことをしたがると。しかし彼は一切、気にしませんでした。法律や古い因習や人々の噂、常識など、どうでも良いのです。5大シャトーを凌ぐワインを、ボルゲリの地で作る。その信念は揺るぎません。

そして、彼には自信がありました。

実際、ボルゲリの土地はぶどう栽培に適していたのです。雨もすくなく、海沿いの土地なので、風はたえず吹き、病害の心配もあまりありません。ぶどうは日中のあたたかい時に糖分を生成しますが、夜にかけてゆるやかに気温が下がってしまうと、徐々にその糖分も減少してしまいます。それがボルゲリの夜は一気に冷え込むので、糖分がしっかり蓄えられるのでした。

土壌には小石が多いため、水はけもよく、ぶどうは必要以上に水分を吸収しません。根は栄養分を求めて深く、その手を伸ばし、地下に蓄えられたミネラル豊富な地下水を吸い込んできます。

樹齢が高くなるほど、滋味溢れるワインになるだろうと彼は考えていました。

可能性を信じる

しかし出来上がったワインを飲んだマリオ侯爵は、愕然としました。あまりにも荒々しいタンニンと、繊細さに欠ける果実味。力強さはありましたが、野蛮であることは隠しようもありません。彼が思い描いていた貴族的な気品が、感じられないのです。

「クラリス、私はおおきな思い違いをしているだろうか?」

そう肩を落とす彼を見て、クラリスは言いました。

「まだ、生まれたての子供なのよ。ニコロを見て。私たちが瞬きするたびに成長してる。この子は可能性をたくさん秘めてるわ。きっと、ワインも、一緒じゃなかしら。」

その頃、ふたりの間にはニコロと名付けられた男の子が誕生していました。マリオ侯爵は、無心に眠るわが子をみて、微笑みます。

たしかにいま、わが子の人生を憂えるのは間違っている。ワインも生き物だ。ラトゥールにしても、若いころは眉をしかめるほど、近寄りがたく、飲みづらい。

それが年を重ねるにつれて、うっとりするほどの力強さと、しなやかさを備えた、凛々しく、気品ある味わいに変化してゆきます。

そう考えると、このワインは、荒々しく野蛮であっても、力強さがある。可能性は底知れない。

もうひとつの夢

彼は20年後、息子ニコロとグラスを交わす日を夢想しました。

そのころには、恋人のひとりやふたりいるだろう。

自分に、似てくるのだろうか。馬の乗り方は私が教えてやらねばならない。チェスは教えないでおこう。勝ち方は自分で見つけていくしかない。ワイン造りは手伝わせる。興味を持とうが持つまいが、ワインには私の人生が詰まっている。それがわかるのは、もっと、ずっと先のことかもしれない。それでもいい。私が追い続けた夢を彼にも、見せてやりたい。

「クラリス、またひとつ、夢が増えたよ。」

暖炉の火がちろちろと燃える静かで、穏やかな晩。マリオ侯爵の尽きることなき情熱は、さらにワインへと注がれることになります。

>>>サッシカイア物語<第三話>へ

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