遊び心

オーパス・ワン|交響曲第一番③

一本のワインとは交響曲のようなものなのだ

引き続き、カリフォルニアワインの代表的存在、オーパス・ワンの物語をお伝えしていきます。

1976年パリの小さなワインショップで開かれた試飲会で、フランスワインを打ち負かしたカリフォルニアワイン。それまで無名だったワイン産地カリフォルニアはそれをきっかけに世界中から注目されます。

今回は最終話。不磨の大典の如く不動の格付けを覆したシャトー・ムートン・ロートシルトのオーナー、フィリップ男爵も、その結果に激怒します。

<第一話><第二話>はこちらからどうぞ。

フィリップ男爵の怒り

1976年、世界を揺るがせた試飲会において、フランスワインはカリフォルニアワインに大敗しました。

赤ワイン部門で2位に甘んじたシャトー・ムートン・ロートシルトのオーナー、フィリップ男爵は、審査員のひとりに電話をかけ、こう怒鳴りつけたそうです。

「私のワインになんてことをしてくれたんだ?1級昇格に40年以上かかったんだぞ!」

彼は1855年に行われたボルドーの格付けで、2級とされているのを不服と思い、「われ1級にあらねど、2級の名には甘んじられぬ、われはムートンなり」

とラベルに記し、2級に堕することを潔しとしなかったのでした。彼は誇り高い貴族。その頂きから見える景色しか望みません。そして、何より、彼には自信がありました。

1973年、ムートンはついに例外的に1級への昇格が認められます。斬新で、しかし品質向上のために確実な改革を断行し、ラベルは毎年、著名なアーティストに依頼するなど、名実ともに高めてきた結果でした。その年、彼はラベルにこう記すのです。

「われ1級となりぬ、かつては2級なりき、されどムートンは不変なり」

そこへほっとする間もなく飛び込んできた、このニュース。電話をかけたとき彼は怒り心頭でしたが、受話器を置いて、そのほとぼりも冷めてくると、彼は思いました。

「しかし私は、相手のことを何も知らない・・・。」

歓待

フィリップ男爵がカリフォルニアワインのリーダー的存在であるロバート・モンダヴィを、シャトー・ムートン・ロートシルトのワイナリーへと招いたのは、1978年のことでした。彼は、王侯貴族をもてなすように大歓待したといいます。

もてなしの細部まで自ら計画し、ディナーに出したワインは100年前のムートンと、一本のぶどうの樹からグラス1杯しかとれないほど貴重な貴腐ワイン、シャトー・ディケム1945年。

彼はカリフォルニアワインの潜在的な素晴らしさを素直に認めました。ただ、まだ洗練さには欠けている、と指摘します。ロバート・モンダヴィもそれには同感でした。

「私はムートンがムートンであるとはどういうことなのか、繰り返し考えてきた。そのひとつの答えは、天の恵みと、大地の生命と、人の技術がうつくしく調和したときに生み出されるということだ。」

フィリップ男爵は、続けます。

「カリフォルニアは気候に恵まれ、ぶどうの生育環境はボルドーよりも良いだろう。技術も最新のテクノロジーを駆使して、驚異的な成果をあげている。しかし残念なのは、少々、飲み疲れる。そして、鑑賞するには単純すぎる。ルーヴル美術館には飾りがたい種類のものなのだ。」

ロバートは頷きました。

「私たちも、その点は心得ています。良いワイン作りは技術であり、洗練されたワイン作りは、芸術であると考えます。」

「そう、ワインは必ずしも芸術品である必要はない。が、一本のワインが魂を浄化し、人生を変える程の酔いをもたらすことがあるのは、それがすぐれた芸術作品と同等の価値をもつからだ。」

フィリップ男爵の熱弁は続きます。

「ロバート、あなたが本当に作りたいのは、喉の渇きを癒すためだけの即物的なワインではあるまい。私もそうなのだ。カリフォルニアの土地で、私は他にはないワインを作りたいと考えている。私にはフランスで築いてきた叡智がある。あなたには、カリフォルニアを先導してきた技術と人格、そして情熱がある。」

100年前のムートンは、きれいなレンガ色をしています。フィリップ男爵は優雅な仕草で、ゆっくりと、喉に流し込みました。

「つまり、私はあなたとビジネスをしたいのだ、ロバート。」

交響曲作品番号第一番

フィリップ男爵の目は、輝いていました。

こんなにも真っ直ぐで、曇りのない瞳は見たことがない、そうロバート・モンダヴィは思います。頷かざるを得ない強引さと、この人と同じ夢を見てみたいという、憧れに似た感情が、一緒に湧き起こってきました。

「一本のワインは、交響曲のようなものだ。」

指揮者がそうするように、フィリップ男爵は両手をしずかに広げて続けます。

「私はムートンにおいて、音の積み重なりやスケール感ではなく、響きを重視してきたが、あなたと作りたいのはスケールの大きい、大地の声を表現するダイナミックで、なおかつ重厚感のあるスタイルのものだ。」

「カリフォルニアという土地、でなければ作れない独自の特徴をもったもの、ですね。」

「そう、そして私と、あなたでなければ作れない。ワインのオーケストラ、とでもいおうか。」

翌朝、ふたりは50パーセントずつ出資する共同事業に合意します。ワイナリーはカリフォルニアに設立し、二つの親会社が技術支援する。フィリップ男爵は手を差し伸べて、屈託のない笑顔を浮かべました。

「さあロバート、我々の交響曲作品番号第一番”オーパス・ワン”の誕生だ。」

子供みたいに純粋な人だ、ロバート・モンダヴィは思わず頬がゆるみ、その手を握り返します。

オーパス・ワン

オーパス・ワンが市場にリリースされたのはそれから6年後の1984年でした。

「みんなクレイジーだといったよ。」

ロバート・モンダヴィはインタビューに応じて言ったそうです。その費用は、ワイナリー設立から生産まで、30億円にも達していたのでした。

「我々は何でもやった。我々の求めるワインを作る為にね。でも、クレイジーじゃないってことはいずれわかるよ。もっと時間が経てば。」

そのラベルには、フィリップ男爵とロバート・モンダヴィの横顔とサインが重なるように連なって書かれています。

「ルードヴィック・ベートーヴェンはこんなことを言っている。」

ふたりがオーパス・ワンを手に久々に再会したとき、フィリップ男爵は言いました。

「グラス一杯のワインは、山のような仕事をした後の癒しとなる。ロバート、あなたと、この素晴らしいメロディを聴くことができたことを誇りに思う。」

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