遊び心

創作小説『藤田氏の告白』中編

>>>前編

登美子とは根室家に生まれた当時十歳の女子でございます。今と違って子供の多い時分でしたから、手前の兄妹も十一人ほどおりまして、手前は下から二番目の子なんですが、登美子も似たようなもので九人兄妹の下から三番目でございました。どういう縁か、根室家ではとかく女子の方が多く、藤田家は男子が多かったのでございます。今でも覚えておりますのは、登美子と云いますと村では「お転婆」で有名でして、ちょうど夏祭りの一月ほど前のことでしたか、村の子供らと大勢で釣りに参りまして、その時手前がアマゴと云うヤマメに似た美しい、腹に朱色の斑点のある魚を釣り上げたことがございました。今でこそ釣具も発達しておりますのでそれ程でもないんですが、当時は大人でも釣るのがむつかしい魚だったものですから、子供達は珍しいもんで、皆羨ましがったのでございます。中でも登美子は目の色を変えまして、恰もその魚が瞳の中を泳いでるかのようにきらきらと目を輝かせながら、手前が網に入れて大事に抱えてからも、ジッと手前の手元を見つめておりました。そのうちに、

「きれいだネェ、あたしにゆずってくれよ」

と、云い出しまして、

「やだ」

と首を振りますと、

「いいじゃないか、よこしなッて。あんたみたいなガキンチョにはもったいないワ」

そういって手前をにらみつけるんでございます。手前はこの通り気が弱かったものですから、

「家にもってかえりてェんだよお」

つい声も小さくなりヘドモドしてしまいまして、登美子の方はそれで一気に勢いをつけましたものか、

「いいじゃないか。あんたの兄さんはうちにいるんだからサ、早くよこになさいッて」

と訳の分らない理由をつけて、手前の抱えている網を強引に引っ張るんでございます。が、手前もおッ母さんに自慢したかったもんですから、ひしとアマゴを入れた網を抱きしめまして、

「堪忍してござい」

と、登美子の腕を思い切って振りほどきました、すると周りにいた子供たちも口々に叫びながら各々思う方に味方をして、アマゴの取り合いになってしまいまして、そうしますとやはり相手の方が年上でしたし体格も大きく味方も大勢おりましたので、結局奪われてしまったんでございます。その後、アマゴが根室家で食べられてしまったのかどうか存じませんが、登美子は味方をした子供達を連れて上機嫌でございまして、手前の方はと申しますと、哀しいやら悔しいやら腹立たしいやらで大声で泣きながら帰りまして、畑仕事から戻ってきたお父ッつあんに「男が声立ててなくんじゃあない」と叱られ、アマゴを盗られたことを云うことも出来ないで、一晩中泣きじゃくっておりました。

そんな風に気が強く、男勝りのお転婆ぶりが祟ったのでございましょうか、お祭りの日、もう日は暮れ始め、あと二時間ばかりでお祭りが始まるという時でございます、村人がお祭りの準備に追われてせわしなく働いております時に、丸もちがない!と、ある女が騒ぎ出しました。丸もちと云うのは、神様に供える紅いもちのことで、数ある供え物の中でも一等大事な物でございます、供え物は各農家が分担して作るんですが、紅い丸もちはちょうど根室家が担当しておりました。で、作られました供え物はいったん藤田家と根室家の間に拵えた即席の集会所に集められるんですが、それが漸く集まりかけた時の騒ぎで、集会所にいた女衆に依れば、確かに丸もちはあったと云うことでございます。それがひとしきり探しましても見つかりませんので、女衆も不審に思っておりますと、誰とは知りませんが、根室の登美ちゃんじゃないかしらとボソッと云う者がおりました。それはたちまち輪をかけて広がり、そういえばさっき登美ちゃんが丸もちをじいッと見てた、と云う女が出て参りますともう止まらず、登美ちゃんはきれいな食べ物には目がなかったし、藤田の坊ちゃんが釣ったアマゴを横取りしたって噂じゃないか、そんなことするのはお転婆の登美ちゃんしかいない、いつも元気でかわいらしいところもある子だったがこんな大事な物を盗るとはいくら根室のお譲ちゃんでも許されるはずがない、悪戯するにもほどがある、・・・・・・などと女衆はコソコソと口々に云い始めたんでございます。と、そこへ具合の悪い事に根室の旦那がお祭りの道具を取りにお戻りになったのでしょう、女衆の話が耳に入ってしまったんですな、女衆も旦那に気が付くと、さすがに不味い顔をして口を閉ざしましたが、時はすでに遅く、旦那は、、、、、

>>>続く

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