遊び心

創作小説『藤田氏の告白』後編

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「うちの登美子が丸もちを盗んだと?」

と、女衆に強い調子でお尋ねになりました。旦那は普段から厳めしい面持ちのお方で、農家とはいえ、武家の志を持っておられ、真面目で働き者だそうでございますが、考えが封建時代のまんまで些か固すぎたんでしょうな、それだからこそ、あんな惨い事も出来たのでございましょう、子供であった手前の目から見ましても何やら恐ろしく、近寄りがたいものがございました。

「いえ、登美ちゃんかもしれないと話してたんですが、そうと決まったわけではございません」

そう申したのは手前のおッ母さんでございます。

「なるほど。しかしどうして登美子が疑われるんでしょうな」

「登美ちゃんはお転婆なので、ちょっとした悪戯心でそういう・・・・・」

「普段の行いが悪いと申されるんですかな?」

「悪いと云うんじゃございません。こちらの奥さんは、丸もちをじっと見ている登美ちゃんを見たらしゅうございます。疑って申し訳ございませんが、丸もちがないとお供えができません。もう時間もせまっておりますので、これから用意するにしても・・・・・・」

「よろしい!それ程までに登美子が怪しいと申されるんでしたら、ここに連れて来て吐かせて見せましょうな!」

旦那はおッ母さんの言葉が終わらないうちから激昂いたしました。

「いえ、何もそんな・・・・・・」

「物事はハッキリさせねばなりません。我が根室家の人間が疑われるとあらば、それは私の責任でもあります。皆さんの前で登美子が本当に盗んだのかどうか確かめたら良いでしょう!もし本当にそうであれば私は登美子を勘当します。しかし、そうでなかった場合、この侮辱はただでは帰しませんぞ!」

・・・・・それからが大変でございました、もうお祭りどころではございません。当時は家柄を大事にする時代でしたし、今日では考えられないことかもしれませんが、家の評判はそのまま社会的な地位そのものでございました、たかが子供の悪戯とはいえども、村の大地主である根室家のことですし、まして人一倍、名誉ですとか、体裁を気にする旦那のことでございますから、もし捕まったら登美子は酷い目に合うことくらい目に見えております、手前は家に帰る道々、事の次第をばったり出会った友達にシドロモドロ説明いたしました。旦那はといえば後にも引けないご様子で、いきり立って登美子を探しております、引き連れている者たちも行く先々で膨れ上がって、根室家の者だけでなく、手前の兄さんも含め、その数は三十人を超えたと存じます、それだけでも大掛かりですのに、各家を回って登美子を匿っていないか、そんな家があればどんなに困ろうとも今後一切腹の薬は分けてやらない、畑も買い取ると、ものすごい勢いで申されるのですから、村の者たちも協力しない訳にいきません。そうでなくても小さな村のことでございますから、見つかるのは時間の問題でございました。

そうして手前が家に帰りまして、暫く経った時でございます。おッ母さんが登美子の手を引いて、家に駆け込んで参りました。兄妹のほとんどが登美子を探しに出ていましたので、家には手前とひとつ違いの兄と、すぐ下の妹しかおりません、手前どもは驚きまして、おッ母さん!どうしたいッ!と叫んだように思いますが、おッ母さんは口元に指を一本立てて、

「黙ってなさい!このままじゃ登美ちゃん、殺されちまう!」

顔を真っ青にして申します、そうして押入れの中に登美子を早く!早く!と押し込めるんでございました。が、それと時を同じくして、

「藤田さん!あなたまさか、登美子を匿ってるんじゃないでしょうな!」

と根室の旦那が追っかけてきたんでございます。昔の家ですから、玄関などというものもございません、入るとすぐに土間がありまして、次の間がもう押入れのある寝室です、旦那はすぐにおわかりになったんでしょうな、このまま失礼しますぞ!とドシドシ靴を履いたまま上がりこみますと、おッ母さんが必死に止めるのも振り払って、泣き叫ぶ登美子を引きずり出すが早いか、

「お前は丸もちを盗ったのか!」

と登美子の頬を張りました。登美子は泣き叫ぶばかりで、

「どっちなんだ!答えなさい!」

旦那がますます声を荒げましても答えません。その時に手前のお父っつあんも血相を変えて帰って参りまして、おッ母さんと一緒になって止めようとするんでございますが、

「そもそもあなた方が疑った事でございましょう!根室家の名誉の為にも最後までハッキリさせてもらいますぞ!」

と取り付く島もなく、却って手前の両親の方が根室家の若い衆に取り押さえられてしまったくらいでした。そのうちに旦那は登美子がいつまでも泣き叫んでいるのを見て何かを悟ったのでございましょうか、一瞬キッと眉根を寄せると顔をしかめられまして、

「皆さんよろしいですか!」

と、手前の家に集まった村の者達を素早く見渡し、

「登美子が本当に丸もちを盗んだのか、こうすれば分るでしょうな!」

そう申されるが早いか、腰に下げた鞘から短刀を引き抜き、一気に登美子の腹を一文字に切り裂いたのでございます。目を塞ぐ暇もないくらい突然の事でしたが、手前はその光景よりも、登美子の、耳をつんざくような断末魔の叫び声の方がいっそう凄惨な気がいたしました。登美子の腹は着物でいくらか覆われていましたし、横に走った大きな裂け目が黒っぽく染まってゆきますのも、日の沈むが如く当たり前の事とぼんやり見ておりました。が、それでも尚続きます叫び声には、次第に気の遠くなる手前の腹をも切られる心地がしたのでございます、・・・・・・

それからと云うもの、根室、藤田両家の家運は一気に傾き、水害や天災により作物も獲れなくなり、もっと悪いことには、両家共まったく子宝に恵まれなくなりました。流産、死産になりますことが多く、たとえ運よく生まれましても、不具の子であったり白痴の子であったりで、まともな子はそれ以後生まれることが一度もなかったのでございます。勿論、石塔を立てたり供養したりもしましたが、「呪い」というものはそう簡単に解けないものなんでしょうな、いっかな効果がございませんでした。手前はもはや藤田家最後の人間でございますが、この呪われた血が果てるまで、登美子の霊が慰められることはないのでございましょう。

さて、具にもつかない話をお聞かせしましてあなた様にはえらいご迷惑をおかけしました、そろそろ引き下がろうと存じますが、紅い丸もちが登美子の胃袋に入っていましたかどうか、手前はそれをハッキリとは申し上げませんでした。が、もはや手前がわざわざ白状するまでもなく、あなた様はもうお気づきでございましょうな。・・・・・

~創作小説シリーズ~

●創作小説『トーストの話』

●創作小説『トカゲ一家』

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