人を育てること

正しい忍耐

どんな苦しいことも、辛いことも、耐えられるのは、そこに目的があるからです。

目的なき忍耐は、精神を疲弊させる。ただ、苦しいから、辛いから、いま取り組んでいることをやめる、というのも、それはまたすこし違う。

あくまで自分自身の誠実さに基づいていうと、人には与えられた使命があり、その機会は常に用意されていて、正しくクリアしていくと、自分が本当に望む方へ歩ませてくれる。私はそう感じています。

逆に、嘘ついて、間違ったことをすると、その負荷は倍になって返ってくる。その為に課される忍耐は、受けるより他、仕方ありません。逃げたらさらに大きくなって返ってくる。

正しい忍耐

ごめんなさい、ちょっと漠然としていますね。何がいいたいかというと、人は何かを決断した時、必ず、試練が訪れて、それに対して求められるのが忍耐ならば、たとえ10年でも耐えなければならないということです。

私は、長い忍耐の時間、約12年を経て、ようやく人生の選択をし、行動する段階に入ったのだと感じるようになりました。それは様々な縁から、感じるのです。

さあ新しい一歩を踏み出そう。と。

ということは、これまでの積み重ねは、未来の為の大事な時間であったのだと思います。正しい忍耐であったのでしょうか。

時代の中で

どんな時代も、人の生き方は時代と共にあります。今の時代には、今の時代に選択するべき生き方があると思う。それは個人の特質と、時代との掛け算です。

これからは、会社や一部の凝り固まった人間関係や、衰退していく固定観念、没落する社会に縛られることなく、自由に選択していくつもりです。責任は伴うし、リスクはありますが、その選択をしないことによる人生のつまらなさからは逃れたいと思っています。

終始、漠然としてしまいましたが、正しい忍耐を経て、得てきたスキル、知識、経験が、自分の大きな資産になっています。

未来を作るのは、国でも、社会でも、会社でも、親でも上司でも友人でもない。

自分です。

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