その他、雑感・雑学

行き過ぎたルール

息苦しい世の中だな、と感じることはありませんか?

ルールは何の為にあるのか。それは、レストランであれば、働くスタッフが働きやすくなる為であったり、トラブルや諍いを避ける為であったり、はたまた、ミスを未然に防ぎ、チャンスを見つけ出す機会となるかもしれません。

生まれも、年齢も、人生も違う人たちが集い、共に事を成すとき、必要なことであるでしょう。

でも、ルールの為のルールになっていることも、少なくない。

レストランで、オーダーミスがあったとします。間違って、お客様に違う料理を提供してしまった。その原因を探ると、スタッフそれぞれが、料理の伝え方がまちまちで、統一されておらず、厨房に複雑な形で伝わったためであることが分かった。

では、今後は、料理の略称を統一し、シンプルにしようと改善します。すると今度は、せっかく略すなら、オーダーを取る時に楽なように、記号を付けよう、となりました。スパゲッティ・アマトリチャーナなら「S・A」。カルボナーラは「K」。

しかし、これでは、新しく入ってきたスタッフが覚えるのに無駄に苦労するのでは?との意見が出た。厨房も、慣れた者ならわかるが、100もあるメニューをそうした独自の記号で覚えるのは、あまりにも大変だと。

それなら、パスタの種類はアルファベットにして、他は、短縮した名前で統一しよう。ペンネ怒りん坊ソースは「P怒りん坊」とか。

いやいや、それでは馴染みがないと、厨房のスタッフ。怒りん坊ソースは、アラビアータだから、「Pアラビ」の方が良い。

こうして、ルールはできていくのですが、これも良し悪しで、決まりごとが増えるほど、覚えておかなくてはならないことも増えます。ルールの為のルールはこうして増えていく。

でも、本来は、スタッフ全員が相手の立場に立ち、気を配る仕事が出来れば、ルールは必要最小限で済むはず。犯罪が多い国ほど、法律が多いと聞いたことがありますが、わかります。何のためのルールなのか、大事なのはルールそのものではなく、理由です。

働き方改革も、会社の事情も個人の事情も何もかも一緒くたにして、型にはめようとするから、無理が生じてくるのではと思います。何のための働き方改革か?

一言でいえば、生産性を上げる為。人口が縮小し、高齢者がどんどん増える未曽有の社会運営の中で豊かに暮らしていくためには、それが不可欠なのです。先にルールを持ってくるから、やりにくくなる。もっとその前に、議論すべきことが山のようにあると思います。

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