人間学

知識、見識、胆識

学びを得る中にも、3つの段階があるといいます。

知識、見識、胆識。

知識は、情報として知ること。これは、現代の情報社会において、願えば誰もが簡単に手に入るものです。知識はないよりあった方がもちろん良いですが、ただ有しているだけでは、豚に真珠。使いこなせなくては意味がありません。

使いこなすには、どうするのか?

知識は、物事の本質を見通す思慮や判断力というものが加わって初めて意義あるものとなる。これが見識です。引用は定かではありませんが、その為には、日々鍛錬しかないと聞いた覚えがあります。たしかにそうだと、私も信ずるところがありました。

なぜなら知識は人から借りることができても、そうした本質を見抜く目や判断力は、実践の中でしか磨かれないことは明らかだからです。これは、知識を有してるだけでは培われない能力です。

それはおそらく、他人と深くかかわり、相手の問題を自分の問題として捉えないと、見えてこないものではないでしょうか。少なくとも、私の場合はそう思います。本を読んでわかった気になりますが、目に見える成果として簡単にあがってきません。目に見える成果としてあがってきたときは、行動した時。

胆識とは、見識を得人間たうえで、決断力と実行力が加わったものを、そう呼ぶのだそうです。さまざまな抵抗や障害を断固として排除し実践していく力量のことを言っています。

こうしてみると必要なのは、実戦の中で挑戦し、日々、鍛錬していくより他ありません。

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