サービス哲学

主導権を握るサービス

サービスの立ち位置を、お店として、どのように設定しようか?

考えています。

最近、セールスの勉強をしていますが、先だって紹介した、オーレン・クラフ著『シリコンバレーの交渉術~YESを引き出す売り込みの脳科学~』(フォレスト出版)の中で、あるエピソードが紹介されていました。

それはまさに、レストランでの出来事。

この本では、セールスの現場で「フレーム」という概念を持ちだします。フレームとは、商談や会話の主導権を握る枠組み、といったら良いでしょうか。お客さんとセールスが相対した時、どちらのムードが勝るか。それは、共存することはなく、どちらかが一方を飲みこみます。それが、その場の主導権を握る。

本の中ではいくつか、分類されますが、それはまた別の機会に述べるとして、レストランでの出来事。

お客さんを自分が懇意にしているレストランに招待します。自分は上顧客だと自分で思っている。ところが、予約しておいて店に行くと、「ちょっと待ってくださいね」と言われる。ウェイターの目はこう言っていた。

「あなたのような方はたくさんお見えになります。私にとっては皆、同じです。」

これは常連客に対して取るべき態度ではない。読んでいて、私もそう感じました。

そして席に案内されて、ワインリストを見せられ、大事なお客さんの為に高価なワインを頼むと、ウェイターは何といったか?気難しそうな顔をして、こういったのです。

「うーん、それは最善の選択ではないように思います。」

お客さんを招待した立場としては恥をかかされたようなもの。それでも、ウエイターはおかまいなし。さまざまな料理をすすめ、やがてワインを注文したワインよりも安価なワインを指さします。「では、それにします。」というと、ウエイターは満面の笑みで「素晴らしい選択です。」

何がいいたいか?

そのテーブルの主導権は、完全にそのウエイターのものになっています。お客さんをもてなす側としては面目丸つぶれにされている。しかし、それでも、もてなしているお客さんは喜んでいた。それからウエイターは徐々にその主導権をホストである自分に戻していきます。

これは良いサービスか?

賛否両論かもしれません。しかし、参考にすべきところがあります。これがもし、ホストである自分を持ちあげるような媚びへつらいをウエイターが見せたら?ゲストはここまで楽しめたでしょうか?

そしてレストランサイドの立場に立つと、自分は上顧客なのだというステータスをかさに、無理難題を押し付けられる可能性だってあります。ワインだって、本当に楽しめたかどうか。場の主導権を握れなければ、セールスはうまくいきません。レストラン側としては、また来店してもらいたい。しかしだからといって、主導権を顧客にゆずれば、顧客次第になります。

ウエイターが常連客をぞんざいに扱ったのには、それが大きな理由のひとつです。主導権を握る為に、あえて特別扱いせず、媚びへつらわない。それをすれば、一時は喜ばせるかもしれませんが、持続しません。自分の店に訪れたお客さんは、上顧客であっても主導権は握らせない。仕切るのは、ウエイターであって、お客さんではない。

良いサービスとは、お客さんを気持ちよくさせることだけではないと考えます。そのテーブルにおいて、料理やワインを熟知しているのはほかでもないウエイターです。およそ、いつでも主導権を握りたい、高慢な人ほど、鮮やかに主導権を取られると、気に入ってくれます。自分の上に上司のいない、社長という役職ほど、気に入って上顧客になってくれるのは偶然ではないでしょう。