自ら潔うして他の汚濁を洗い而も清濁併せ容るるは水なり
清水に魚住まずといいます。
良いことも偏っていると、バランスに欠きます。以前、紹介したことがありますが、戦国武将の黒田如水がまとめたという≪水五訓≫を毎日、目にするところに書き出しています。その中で、
「」
自ら潔うして他の汚濁を洗い而も清濁併せ容るるは水なり
とある。
人間、内面を抉れば、汚いところも出てきます。良くないのは、自分の清貧さを他に押し付けること。他ならぬ、私には昔そういう傾向がありました。・・・
清濁あわせもつ
人間の本質は、きれいか、きたないか。どちらだと思いますか?
生まれながら善のこころを持っているのか、それとも、悪のこころを持っているのか。どう思われますか?
これは天使と悪魔の会話のように、なかなか決着のつかないテーマです。
私自身は、どちらか、ではなく、どちらも、ではないかと思っています。中道、という考え方が日本には昔からありますが、水五訓の言葉でいえば、清濁あわせもつ、ということでしょうか。
お金は清いか汚いか
お金を触ったら手を洗いなさい、といわれました。
理由は、誰が触ったのか分からないから。それは衛生的にたしかにそうなのですが、お金は汚いもの、と考える人が意外に多い気がします。
お金は、きれいかきたないかではなく、人生を豊かにする大切なものです。いまの社会においては生きていくのに必要な、ものです。ただ、どんなお金の得方をするかは、どんな生き方をするかに通ずるところがあります。
人をだまして得たお金で、自分を豊かにしようとできるか。
盗んだお金で、人を幸せにできるか。
どうでしょう?
でも、たとえば、いま食べるお金もなくて、家族を養わないといけなかったらどうするだろうか。人から奪ってでも、自分の家族に与えるだろうか?・・・
そんなことを考えることがあります。
コロナショックにより、人の暮らしから考え方、働き方は大きく変わるのでしょう。
どうなるのか?というよりも、どう生きたいのか?
たいせつな人たちと楽しく人生を送る為に必要な資産と、生き方を、ない頭で頑張って考えてます。あなたのお役に立てれば幸いです!