マリ=ジャンヌ・べキューとマルゴーズ
5大シャトーの中でも最も女性的で、甘美なワイン、シャトー・マルゴーの物語をお伝えしていきます。
時は18世紀末、フランス革命が起ころうとする頃。
シャトー・マルゴーに自らを重ね合わせるように生きた、マリ=ジャンヌ・ベキュー、デュバリー夫人。
<第一話>は、こちらからご覧ください。
マルゴーズ
・・・なんてきれいな色なの!
グラスに注がれた「マルゴーズ」(今のシャトー・マルゴー)を手にしたとき、ジャンヌは驚嘆したのでした。
「ラフィット」もたしかに素晴らしい色合いです。深くて、濃いルビー色をして、「飲む宝石」といわれたのも頷ける。
でもマルゴーズは、もう少し明るくて透明感があり、それでいてしっとりとしているのでした。
「君にはこの方が似合う。」
彼女の白いドレスにこぼしてしまった鮮烈なルビー色を見て、王は言いました。
そこから緻密に漂う、妖しい香り。当時の貴族たちは香水を浴びるほど付けていましたから、しかもそれは異性を惹きつけるための、動物的な、官能に訴える部類なので、それとマルゴーの持つ繊細で優美な、気品あふれる香りが交わると、彼女の魅力はいっそう高まるのでした。
間もなく、「マルゴーズ」は「ラフィット」にとってかわり、宮廷を席巻するようになります。
しかもジャンヌが限られた者にしか飲めないようにしたため、そのブランドイメージは不動たるものを築きました。これが、あの1855年の格付けにも影響を与えたといわれています。
鏡
ときおり、ジャンヌはグラスに入った「マルゴーズ」をじっ、と見つめることがありました。
しっとりと揺らめく、鮮やかなルビー色の液体は、鏡のように自らを映し出しながら、その人生を、うつくしい物語に変えてくれます。それがどんなに醜悪で、恥ずかしく、厭な記憶だったとしても、その美しさの前ではすべてが美化されました。
半ば、夢を見ているかのように、彼女はそのワインと自分とを重ねてみます。
ある大公が言っていました。
「背はすらりと高くて、それでいてグラマーで、胸なんかつっと出っ張っている。それは他と比べるのが無駄なほど、見事なものだ。顔立ちは整って、瞳はたえず湿っているし、いつもやさしく微笑んで。その口元のあどけなさがまた、誘っているようで。神々しい美しさの中に近づきやすさがある。・・・」
ジャンヌは、王の愛人の座につくまでに、数え切れないほどの関係を持ってきました。しかしそれは、その美貌を利用して計画的に結んできたのではなく、むしろ彼女の意志とはかけ離れたところで、人の欲に弄ばれながら、生きてきたのです。
生立ち
ジャンヌは、父親も誰だかわからない状況の中で生まれた私生児でした。
当時の倫理観は今とはだいぶ違っており、というより崩壊しかかっており、結婚するときに相手の顔を初めて見るのが当たり前で、特に女性は、夫を持ってから初めて堂々と、自由に、恋愛できるのでした。
それに嫉妬するのはとてもみっともないことで、たとえば奥さんの浮気相手に「やあどうも、いつも妻がお世話になっております」というわけです。
フランス革命が起こる前の時代は、アンシャン・レジームといって、非人道的な階層社会でした。
身分制度があり、国王を筆頭に、第一身分は聖職者、次が貴族や僧侶、第三身分に市民、農民とされ、税金は第三身分に属する者だけが払わねばならず、貴族より上の階級は豊かな暮しをしていながら、その必要もなかったのです。
一番下の階層である彼女に、意志を持つことはもはや許されませんでした。彼女は別に、王の愛人の座を狙っていたわけではない。弄ばれて、結果的にたどり着いただけのこと・・・。
しかし、それから20年以上たった1793年の冬。
ジャンヌは粗末ななりで断頭台の下に立つことになります。それはまた明日、お伝えします。
>>>シャトー・マルゴー物語<第三話>へ
コロナショックにより、人の暮らしから考え方、働き方は大きく変わるのでしょう。
どうなるのか?というよりも、どう生きたいのか?
たいせつな人たちと楽しく人生を送る為に必要な資産と、生き方を、ない頭で頑張って考えてます。あなたのお役に立てれば幸いです!