プロの接客サービスは、節度のある1to1マーケティングである

お客様にとってのほんとうの心地よさとは?サービスとボランティアの違いとは何でしょうか。

私は、プロの接客サービスは、究極の1to1マーケティングであると思います。行き過ぎればボランティアになるし、軽ければ顧客満足が低くなります。

どういうことか、説明しますね。

目次

サービスとボランティアの狭間

サービスとボランティアの概念の違いは、報酬が発生するかどうかで区別できます。事業をしている限り、利益を出さなくてはならないのは、当然です。サービスというと、日本では無料のイメージがありますが、海外には「チップ」という文化があるのもあって、有料です。

対してボランティアは、無報酬で行動するものだと思うのです。

どこまで無償で引き受けるか?

レストランの現場においても、WEB制作代行においても、どこまでお客様の要望を受けるか?というのは、事業を継続いていく上でしっかり考えなくてはなりません。

以前、努めていたレストランで、こんなことがありました。閉店時間を過ぎても、ひとりの女性がまだワインを飲んでいる。その方は深い悲しみをその時、抱えていて、その事情は耳に挟んでいました。私は「閉店時間なので……」といえませんでした。

カウンターを挟んで、その方の表情を見ていると、つかの間でもいい、救ってあげたいと思いました。私は一杯のワインを、その方の前に差し出しました。

「これは、サービスです」

サービスとボランティアの境界線

「このワインの作り手は、息子さんを事故で亡くしたそうです。後継者を失い、ひどく落ち込んだ彼は、ワインを作ることも一時、やめてしまいました。でも、3年後、ふたたび彼はワインを作り始めるんです。それが、これです」

少し、脚色しながら私は言いました。

「身体中に染みわたるような、しみじみしたワインですよね。でも、なんだろう、ネガティブな感情は一切、感じないんですよ」

そんな話をしながら、結局、閉店時間を3時間過ぎても、それを許してしまいました。

その次の日の事。

再び、その方はひとりでいらっしゃり、閉店時間を過ぎても、カウンターに残っています。そのまた次の日も。さらにその次の日も。。。これは、私の明らかな失敗でした。お客様は何ひとつ悪くありません。決して超えさせてはいけないサービスマンとお客様との境界線を超えさせてしまったからです。

行き過ぎたサービスが罪な理由

お客様には要望があり、叶えたい欲望がある。だからそこに、経済活動が存在します。

でも、いくら対価があるからといって、お客様の欲望を盲目的に受け入れるのはサービスなのか?私は違うと思います。言われたことをやればいい、という仕事の仕方が仕事ではないように、決定的な欠落がある。

私はそれを主体性の欠落だと考えていますが、主体性がないと、すべては作業でしかありません。これからの時代は、そのような作業は、ロボットやAIの方がミスをしない分、ずっと能率よく仕事してくれるでしょう。

では、何が必要なのか?決して、お客様を軽く見たり、邪険に扱うということではありません。むしろ、本当に望んでいることは何なのかを?知るべきなのです。

行き過ぎたサービスは罪

レストランに食事に来たお客様が何を望んでいるのか。

人それぞれと言われれば、そうなのですが、共通して望んでいるのは、幸せだと思っています。世の中に、幸せになりたくないと願う人は誰一人として存在しません。

レストランはある意味、食のエンターテイメント施設ですから、訪れる人はその気持ちをはっきりと持っています。だから、自分のわがままをとことん受け入れてほしい、というのではなく、単純に幸せな気持ちになりたい。だけなのです。

サービスは、それを勘違いしてしまうことがある。お客様の言うことを何でも受け入れることが、喜ばせる道だと思いこんでしまいます。でも、考えてみてください。この店は私のいうことなら何でもやってくれる、と思ったお客様が、何かの拍子にそれを裏切られたら?

それまで善意を尽くしていればいるほど、そのお客さまは自制心を失い、怒ります。

前例を作らないことが大事

閉店時間過ぎてもワインを開け、料理を出ししていたら、それも当たり前になります。最初は特別で、と思ってやったことでも、けじめをつけずに前例を作ると必ず、特別が当たり前になってしまいます。そうなると、他のお客様には閉店時間を告げるのに、そのお客様だけは優遇せざるをえなくなる。他のお客様やスタッフなど周囲が見たらどう思うでしょうか。

また、スタッフを抱えていたら、それだけ遅くまで働かせることになります。人件費がかかるだけでなく、労働基準法にも反するかもしれない。

お客様本人にとっても、歯止めのきかなくなった欲望を自ら止めるのは、割と大変なのです。それを都合が悪くなってきたからと言って、お客様に閉店時間を告げれば、その方はとても気分を害されるでしょう。私のいうことなら何でもやってくれると思いこんでいると、その反動もまた大きいのです。

そこまでいかせてしまった、サービスの罪は大きい。ボランティアでさえもなく、お客様をむしろ不幸にしています。

1to1サービスを最適化すると最高の顧客満足につながる

1to1サービスとは、お客様ひとりひとりに個別サービスをすること。レストランであれば、その人の好み、性格、勤め先、趣味、考え方などあらゆることを踏まえたうえで、最適なサービスをします。

ファミリーレストランではなかなか、それはできません。お客様への対応は、マニュアルを通して、型通りのサービスがお客様に適応されるはずです。子どもやお年寄りの方に対するマニュアルはあっても、●●さんのシャイな娘さんへのサービスと、■■さんの活発な娘さんへの対応は当然違います。

こうした対応力は、人間力が高くなければ出来ません。1to1サービスは、言葉にすると簡単ですが、お客様の名前を憶え、好みを覚え、手紙を書いたり、その人だけのオリジナルを考えたり、非常に手間がかかるものです。

デジタルで1to1サービス

ところが、時代は、デジタルで1to1サービスが可能になるように進化してきました。むしろ、お客様の多様化するニーズと消費行動の低下により、そうしないと生き残れなくなるのではないかと予想しています。どういうことかというと、たとえば、はじめて来られたお客様に満足頂いたとします。でも、次回また来てくれるとは限りません。

しかし、その方に対して、家についたころ、サンキューメールが届いたらどうでしょう。

今日はご来店ありがとうございました。色々とお話を聞かせていただいてとても勉強になりました。あの、サイコロと将棋の話には驚きました……

なんて、メールが届くと、お客様も「おっ」と思うかもしれない。わざわざ自分のために忙しい中送ってくれたのかな?そんな風に思ってもらえたら成功です。

そして、その2週間後、再びメール。

先だって、お話頂いたサイコロと将棋の真実、他のお客様に話したら、とても盛り上がりました。ありがとうございます!(中略)ところで、先だって、食べてみたいと仰ってた、オオカミウオを仕入れてきました。

なんて、きたらどうでしょう?他のお店へ行こうかと思案していたところへ舞い込んで来たら、もう一度、行ってみようかなとなりませんか?

ITツールを活用し、1to1マーケティングに活用する

こうしたことはすでに、自動的にできるような仕組みがあります。自動、ですよ。人がわざわざ作らなくても、あらかじめ設定された文面が、設定時間通りに、お客様のもとへ、メールが来るのです。しかも、たった1人のお客様だけではない、情報さえあれば、すべての人にできる。

これがデジタル社会の強み、ITの進歩のひとつなのです。人はいかんせん、忘れやすく、時には風邪もひけば、疲れて動けなくなることだってあります。ところがデジタルにこれはない。

こうしたデジタルを活用しながらも、心から、お客様ひとりひとりを大切にすることが出来たら、そのお店は成果・効率・効果とも最大を求められるのではないでしょうか。

デジタルを活用した顧客サービス

デジタルでの人と人とのやり取りなしに、これからのビジネスは成立しなくなるでしょう。レストランの予約も、電話ではなく、ネット予約がどんどん増えているようですね。構想レストランでも、国内外問わず、事前のメールなどのやりとりは増えると想定しています。むしろ、予約は極力、自動で受けていきたい。

レストラン業で、最も集中しなくてはならないのは、顧客の感動です。それ以外の作業は、システマチックにしたい。

デジタルを活用して、顧客の感動創出に全力を尽くせるようにする

とはいえ、その中でも、アナログを感じさせる仕組みづくりをしたいと思うのです。お客さんと接するメールのやり取りでは、ありきたりな言葉は一切使いません。また、はじめて予約された方への返信と、2度目に訪れてくれた方への返信は変えます。もちろん、3度目に予約をくれた方の文面も。

これはデジタルの設定ひとつでできます。

その顧客データの中には、何を召し上がられたか、どんなワインを飲まれたか、誰と来たか、どんな話題をしていたか、すべてデータとして記録します。いわゆる、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネージメント)ですね。

そのデータの取り方と、活用の仕方が、独自性になります。

お客様の「為」と「立場」を考えることは違う

「お客様の為に○○してあげたい」というのは、難しいなと、感じることがあります。それは、ほんとうに喜んでもらえてるのか?こちらの考えを押し付けた、サービスになるのではないか?と思うことが少なからずあるからです。

飲食店では、よくある話です。

ある和食屋さんでランチをとったとき、食事の最後に「当店からのサービスです」といって野菜ジュースが出てきました。ありがとうございます、といいましたが、でもその時、デザートも食べ終えて、珈琲も飲んだ後だったので、水分は欲しくなった。まして、濃度の濃い野菜ジュースなんて、飲みたくありませんでした。

それでも「ありがとうございます」と言わざるを得ない、気まずさ・・・。

居酒屋さんの「付き出し」も、店側の都合を優先した不要なサービスに思えます。いまの時代、飲まない人も増えましたし、食べたいものを食べたいと考える人も多いでしょう。おまかせコース一本のお店は別として、サービス料をかすめ取るせこさを感じずにいられません。

それなら、恥じないサービスをして、堂々とサービス料を頂戴した方が良い。

お客様の「為」を思って、やることと、お客様の「立場」を考えることは似ているようでまったく違います。日本のセブンイレブン立役者、鈴木敏文さんも言ってました。

お客様のためにと考えることはたいてい押し付けになる。

レストランでは、常にお客様の「立場」に立って考えることをしなければいけません。

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