今から17年前、2002年初版の本ですが『すべては一杯のコーヒーから』(松田公太著・新潮社)を読みました。
松田氏は現在、政治家として活動していますが、元はタリーズコーヒージャパン株式会社の創業者です。
タリーズの本拠地シアトルで、その味にほれ込み、どうしてもタリーズを日本に輸入したい!と何のバックアップもコネもなく、ひたすら熱意を伝えることで、何とか開業までこぎつけました。
しかしスタート時の借金は、7千万円。
親せきや金融機関からかき集めた資金でした。
その後、飲食業界最速という速さ、3年2か月で上場を果たすことになりますが、なぜそんな短期間で成長できたのか?
松田氏自身の分析は、ビジネスモデルやマーケティング、戦略によるものではないと考えているようでした。
氏は、こう言っています。
目標に向かい、使命感と情熱を持って歩んできたからだ
―――『すべては一杯のコーヒーから』(松田公太著・新潮文庫)より
私はこれを、早朝のスターバックスでコーヒーを飲みながら読んでいました。
スターバックスは、松田氏がタリーズを銀座にオープンする数か月前に、大手資本の元、同じ銀座に開業し、すでに話題となっていたようです。
最も大切なのは「情熱」
松田氏は、言い切ります。
あらゆる仕事において、最もたいせつなのは「情熱」であると。
著書の端々に、それは感じられます。
こころ動かされるエピソードがたくさん載っているのですが、「情熱」が奇跡を起こした話を少し紹介しましょう。
タリーズの日本における権利獲得
シアトルに行ったのは、ボストンで飲んだ「スペシャルティコーヒー」が頭から離れなくなっていたからでした。
「スペシャルティコーヒー」とは、コーヒー専門店が提供する高級コーヒーのことです。
まだ日本にそうした付加価値のあるコーヒー文化が根付いていない時代のこと。
松田氏も、「たかがコーヒー」と思っていたコーヒー本来の香り、うま味に衝撃を受けたのでした。
スターバックスの本拠地でもあるシアトルは、「スペシャルティコーヒー」発祥の地で、個人店含め数十件以上の店がしのぎを削っています。
当時、銀行員だった松田氏は休日を利用して、朝5時30分から午後7時まで、あらゆるコーヒーショップをはしごしました。
50店以上でコーヒーを飲んだそうですが、その中で最もうまいと思ったのがタリーズだったそうです。
出来ることをやり抜く
松田氏は、父親の仕事の関係で、アフリカ、日本、アメリカと、幼少期から転々としていました。
その中で自らのアイデンティティを築くのが早かったのでしょう。
17歳のころには、「食を通じて文化の懸け橋となる」という使命感をはっきりと認識していました。
タリーズを日本に輸入することは、氏が人生をかけてやるべきことだったのです。
しかし、当時は資金もなければ、企業のバックアップもなく、コネもありません。
松田氏はどうしたか?
松田氏は週に一度、タリーズにメールを送ったそうです。
タリーズが日本に進出した場合を想定して、ビジネス論を展開したり、独自で日本での喫茶店の数や売上高の推移といったデータも調べ、レポートを上げました。
すると何度目かに送った時、副社長から返信がきます。
「参考になる意見をありがとう」
という簡単な内容だったそうです。
一歩前進。
でも、まだまだ権利獲得には至りません。
大手チェーン、スターバックスが上陸
そんな中、松田氏にとってショックな出来事が起こります。
スターバックスが日本に、しかも松田氏がタリーズの最初の出店地として想定していた銀座に上陸するというニュースが飛び込んできました。
「先を越された!!」
とさすがの松田氏も焦ります。
「自分が最初にスペシャルティコーヒーを日本に伝えるんだ!」と意気込んでいたのです。
意を決して、タリーズに電話をし、何とか社長につないでもらえるよう懇願しました。
それまで、何度も門前払いを食らっていましたが、そのとき思いが通じて「日本に出張中」であると教えてもらったのです。
宿泊先はなんと、目と鼻の先の帝国ホテル。
はやる気持ちを抑え、松田氏は飛び出します。
情熱が伝わった瞬間
ホテルでタリーズ社長と面会できたのは、それから間もなくでした。
隣には、メールで返信をくれた副社長の姿もあったそうです。
実は彼らは日本進出の為の手掛かりを探しに来ていたのでした。
松田氏は、まだ提携先が決まっていないことを知ると、必死でプレゼンします。
タリーズは銀座の一等地に出店すべきだということ。
アメリカのようにスペシャルティコーヒーが根付いていないので、ブランディングから始めないといけないこと。
格安コーヒーにはない「付加価値」を売るビジネスだから、最初の一歩を間違ってはいけないということ。
そしてそれを実現できるのは自分であること。
結果、その面会でタリーズの社長は松田氏を気に入り、資金も後ろ盾もない松田氏を、日本のパートナーとして選んだのでした。
「情熱」がもたらした成功者共通の習慣
情熱がもっとも必要だと言い切るには根拠があるはずです。
直接的には書いてませんが、その情熱ゆえに成功者共通の習慣が形成されたのではないかと見ました。
松田氏自身の言葉でいうと、
困難にぶつかった際には必ず、何が悪かったのか、どうすれば解決するのか、徹底的に追求してきた。
失敗をすべての成功に向けた試練としてとらえ、何事も前向きに受け入れていくようにも努めた。
たとえ単調な仕事をしていても、常に頭を回転させ、創意工夫していると、自分の成長に繋がっているはずだ。
これらの言葉は、成功者やトップセールスにも共通する「習慣」だと思います。
スキルより「理念」
そんな松田氏のことですから、当然と言えば当然ですが、仕事には感情が入り込み、周囲を巻き込んでいきます。
情熱が、アルバイトスタッフにも伝播したのです。
そもそも松田氏は、アルバイトスタッフも社員も区別なく、「フェロー」(仲間)と呼び、ファーストネームで呼び合う風土を作っていました。
そうすることで互いに親しみを持つようになり、絆を築いていけると信じているからです。
そんな風土がひとつの方向性をもって、経営理念へとつながっているのでしょう。
学生アルバイトまでもが、理念に深く賛同し、強力な戦力となり成長していきました。
タリーズの経営理念
2019年現在、松田氏はタリーズの経営からは退いています。
しかし、経営理念は変わっていません。
そのまま転載します。
一杯のコーヒーを通じて、「お客様」、「フェロー」、「社会」に新しい価値を創造し、共に成長する。
一、 その一杯に心を込める
一、 お客様の期待を超越する
一、 地域社会に根ざしたコミュニティーカフェとなる
一、 最高の仕事が経験できて、一人一人の可能性が広がる職場をつくる
一、 子ども達や青少年の成長を促すために、夢や目標のお手伝いをする
松田氏創業来、タリーズでは業務上のスキルよりも理念重視なのです。
長い目で見れば、それが能率を上げることも知っているのでしょう。
松田氏は、いくら技術があっても、理念を理解できなければ仕事は務まらないと断言しています。
情熱か、戦略か
情熱がもたらす成功には、クールな戦略はあるのか?
松田氏の著書を読んでいる中で、そんな疑問が頭をよぎりました。
成功の要因を、ビジネスモデルやマーケティング、戦略によるものではなく、「使命感」と「情熱」によるものだとするには、再現性に乏しいと感じたのです。
しかし、こうしてまとめていくのかで気づいたのは、すべての物事には、光と影のように正反対の要素があるように、いずれかではない、ということ。
正反対の要素は、両者が交わることはなくても、いずれも共存するのが自然界の法則です。
前に対して後ろ、上に対して下、光に対して闇、善に対して悪、直線に対して曲線・・・
情熱と戦略は、厳密には反対の要素ではありません。
ただ、情熱ゆえに自ずと作られた戦略(習慣)があったり、戦略を考え抜いた末にやる気(情熱)が生まれたり。
両者は相互に補完し合い、助長していく関係にあるのかもしれない、と思えました。