料理は人を感動させる手段のひとつです。
美味しさは科学的な裏打ちをしっかりして、再現性の高い領域に高めなくては持続できません。だから、なぜ美味しいのか、素材をもっとも活かす料理法は何か、経験やカンや感覚だけでなく、根拠を持つ必要があります。たまたま美味しく出来た、というのではプロは恥ずかしい。
その為の勉強には終わりがありません。忘備録としても書いておきたいと思います。皆様のお役に立てるなら、幸いです。
旨みの相乗効果
旨みの相乗効果ついては以前書きましたが、そのまとめです。
アミノ酸のひとつであるグルタミン酸と核酸という物質から生成したイノシン酸とグアニル酸がある。グルタミン酸+イノシン酸、グルタミン酸+グアニル酸は相乗効果を発揮するが、イノシン酸+グアニル酸は相乗効果が起こらない。一番出汁は昆布のグルタミン酸、鰹節のイノシン酸の合わせ技になります。
味覚と嗅覚は脳にどう伝わるか?
味覚と嗅覚は、甘みや香りなどの質と、その濃度を示す強度、その感覚がいつまで続くかという時間の3つの情報を脳に送っています。同一の刺激では同じような栄養を摂取していると捉え、その食品を拒否してしまう。それが感覚的飽きのメカニズムで、それを防ぐには、ヘテロ感(不均一性)が重要。味や香り、食感いおいて質や強度、時間を不均一に感じさせることで、体感させるのです。
閾値(いきち)
いきちとは、刺激を徐々に強くしていく中で、感じることが出来る最小の刺激のこと。人間の感覚にはすべてこれが存在します。味覚、香ともに、料理に含まれているだけでは不十分で、それらが閾値(いきち)をこえているかが焦点になるようです。素材の要素が感じられない場合、素材の持つ味わいや香りが閾値を超えていない可能性がある。あらかじめ、濃度を高める必要があります。
一流の料理人
技術だけでは一流にはなれない。「どう作るか」という技術だけでなく、「何を作るか」というデザイン能力が問われます。本質的に何を表現したいのかを考え、食べ手にそれを正確に感じさせるために、意図をもって技術や素材を選択する。それができて、一流です。
ただ、当社は料理人を目指したいわけではありません。もっと広く、一流というものを目指したいと思っています。料理は人を幸せにする手段。私のミッションは、人の人生をより豊かにすることです。ああ生きてて良かった。おこがましいかもしれませんが、そうやって、一生忘れられない経験を作って差し上げたと思ってます。
一流の料理とは??
一流の料理って、何ですか?と聞かれて、とっさに答えたのは、哲学のある料理ということでした。これは、でまかせではなく、数多く、食べ歩いてきて、思ったことです。
良い料理には哲学がある。
哲学のある料理
哲学のある料理とは、そこに人生や、考えや世界観が反映されたものであることです。3ツ星レストランでは、自然を尊重しているお店が多いように思いました。考えてみれば、頷けます。
すべての食材は、自然から頂戴している。その自然に敬意を払い、料理するというのは、究極には、極力、手を加えないことであるという逆説的な説明になってきます。
あるフレンチレストランでは、ひとつの皿に「連鎖」と「循環」を表現した料理がありました。料理としては、いわゆるサラダです。でも、海から蒸発した水分が山にぶつかり、雨が降り、それがまた川となって、海に注ぎこむ。そんな流れを表現した一皿は、やはり、記憶に残る。「人生最高の美味しい記憶をお作りしたい」というコンセプトのレストランを作ろうと思えば、料理には哲学を持たせなくてはならないと考えています。
どうすれば、料理に哲学が入る?
技術はきっと、哲学を表現するために活かすのでしょう。技術が先行するものではない。
では、哲学を入れる為に何が必要かと考えると、「人間を磨くこと」、それしか考えられません。AIがますます発達して来ればなおさら、人間にしかできないことが求められる。ある意味では、個性の時代になってきます。力を入れるのは、誰もがやっていることではない。勇気を出して、誰もやってないことにチャレンジしていく。
それがやがて哲学のある料理となるのではと思っています。
嗅覚に訴えろ!
人の嗅覚はすごい。1000種以上の化学物質を検出でき、10000種以上の匂いの識別ができるそうです。
ワインを判断するのも、香りによるところが大きくて、生産地域の特徴、ぶどう品種の特徴、作り手の特徴も、香りが決定的となることが多いのです。
香りの入り口
香の捉え方は、鼻から空気を吸い込むだけでなく、口に入れた食物から、口と鼻の通り道を通ることでも、鼻腔に到達します。ワインのテイスティングに慣れた人は、一度、口に含んだ後、少量の空気を口から鼻へかけて吸い込みます。すると、食物に含まれる揮発性化合物は、より強く感じることが出来る。
不揮発性の化合物の香りを楽しむには?
ただし、食物に含まれる不揮発性の香りは、普通に食べても、感じることはできません。これは、良くも悪くもです。
たとえば、イカの塩辛の生臭さは、ワインのフルーティーさと合わせると気持ちの悪いほど、生臭く感じます。それは、隠れていた、不揮発性化合物がアルコールにより蒸気圧を高められ、その化合物の表面張力を減らすことにより、蒸発をしやすくなったためです。
塩辛の生臭さと、フルーティーさが反発しあい、どちらも調和しなかった結果、気持ちの悪いほどの生臭さを感じることになります。
でも、ワインを飲むと美味しく感じるのは、その逆だからです。ワインを飲まないと感じにくい不揮発性化合物の香りが料理にあったから、なのです。
ワインと料理の相性を楽しむには?
そのため、料理をすっかり飲み込んで、ワインを飲むよりも、口中に少し料理が残っている状態で、ワインを口に含むのが、相性を楽しむには理に適っています。
ただ、インパクトの強い料理、飲みこんだ後も余韻の長い料理は、口の中に残る風味が強い為、飲みこんでから、ワインを飲む方が、より相性を楽しめるということもあります。
面白いのは、香り、味わいの相性以上に、料理の風味の持続性と、ワインの風味の持続性を合わせると、最高に心地よい気分になります。これは、心身共にリラックスしている時しか感じえません。
レストランでは、メイン料理の前に、そんな「香の料理」をはさんでも面白いだろうな、と思っています。
食べ方でも料理の印象は変わる
料理を一度に口に入れる量というのは人それぞれです。高級レストランでは、その量を調整する為、スプーンを小さくしたり、器を工夫したりして、少量ずつしか口に出来ないようにすることもありますが、いずれにしても、人により、気分により、料理により、口に含む量はそれぞれ異なります。狙い通りの効果を出すためには、これを、理想通りの量で、口に運んでもらわなければなりません。
たとえば、ミネストローネ。これはスープスプーンにバランスよく野菜が乗るように、素材の切り方には工夫が必要です。スプーンですくったときに、人参、セロリ、じゃがいも、キャベツ、トマト、玉ねぎが、程よいバランスで乗るように、ということです。
スプーンから考える
そうとなれば、当然、スプーンの大きさは重要です。大きければたくさん具材はのりますが、一度に口に含めません。それに、口に含む量はその人の裁量により決まります。かといって、小さいと野菜がのりきりません。
自分が、表現したい味わいのデッサンは、どんなスプーンを使うのか?というところから始めないといけません。
そして、野菜の切り方をどうするか、ということになります。ミネストローネは、一口サイズにカットされた野菜のスープというのがもともとの意味です。また素材により、セロリ、人参のように型崩れしにくく固めの素材、玉ねぎのように、柔らかくしんなりする素材の大きさは変える必要があります。
口に入れる量と味の強さ
ミネストローネを例に書きましたが、口に入れる量と味の強さのバランスを理想どりに演出することが、料理人の考えるところです。食べる人の立場にたち、もっとも美味しく感じてもらえるスプーンの大きさはどのくらいか、どのくらいの大きさに切れば、理想的な配分でスプーンに乗るか。
そこまで考えないと、感動する料理は作れません。
ミネストローネを美味しく作るには?
では、イタリアの家庭料理的な野菜のスープ「ミネストローネ」を事例として、プロの料理を考えてみましょう。ちなみに日本では、トマトを入れるのがミネストローネというイメージがありますが、イタリアでは必ずしも入れません。
語源は、スープを意味するminestraから来ています。
美味しいポイント
それだけイタリアの地方によっては、レシピも違うミネストローネですが、私の中では美味しいモデルがあります。昔、勤めていたレストランのレシピです。ポイントは、野菜を入れる順番と、日の通し具合。
簡単にご説明します。
まず、みじん切りにしたにんにくを炒め、次にベーコン。脂を出すように炒めたら、ダイスカットしたたまねぎ。そしてここで、かぼちゃです。かぼちゃは、皮を剥き、薄くスライス。木べらで潰れるまで火を入れ、実際につぶしながら半ペースト状にします。
そこへ、にんじん、セロリ。柔らかくなったら、キャベツ。しんなりするまで炒めたら、ワイン、トマトペースト、水、ローリエで炊いていきます。沸騰するまで、強火。沸騰したら弱火です。
灰汁を取る為と、トマトの旨み成分を効果的に抽出するためです。あまり高熱にさらすと、旨みは飛んでしまう。最後に、じゃがいもをいれ、じゃがいもに火が通ったら完成。
火入れの妙
簡単そうですが、この順番と、タイミングが需要。特に火入れはお客さんに提供する時に、ベストを求めねばなりません。かぼちゃはペースト状にして、スープに溶け込ませるので、形はいらない。だから、ぐちゃぐちゃになってもいい。
でも、最後にいれるじゃがいもは、火を入れ過ぎれば、ぐちゃぐちゃになるし、足りなければ固い。それから、人参とセロリは柔らかくも原形をとどめるくらいが旨い。これをベストな火入れで、それぞれの仕上がりを合わせるのが技でしょう。
「揚げる」という調理技術を理解する
揚げるという調理工程は、食材に対してどのような変化を起こしたいのか?
その本質は、食材の持つ水分と、油の交換。
揚げることで食材を美味しくするメカニズムは、食材に含まれる水分が食品表面から蒸発し、その水分が抜けた部分に油が入り込み、表面がカリッとするところにあります。天ぷらや唐揚げなど、衣をつけて揚げるのは、表面をカリッとサクッとした食感に仕上げながら、衣の内部へは表面からの熱伝導でゆるやかに熱を伝え、蒸すように加熱するのが目的です。
だから、揚げる時の温度はその食材の水分量と厚み、それとデンプン量を考慮する必要があります。
低温揚げ
低温で揚げるのは、厚みのある食材、中心に火が通るまで時間のかかる食材、それからデンプン量の多い食材。デンプンが多いと、アルファ化まで時間がかかるので、長く上げなければなりません。
また同じ食材であっても、衣の厚さも考慮に入れます。唐揚げのように衣が薄い場合、食材に早く熱が伝わりますので、低温にしますが、例えばチキンカツのように小麦粉、卵、パン粉と、衣が厚ければ、それだけ食材に熱が伝わりにくくなりますので、もう少し高い温度にします。かといってあんまり高いと表面が先に焦げてしまい、中に火が通らず仕上がるので、この場合は、中温で揚げるのです。
高温揚げ
高温で揚げるのに適しているのは中心に火が通るのに時間がかからない食材や、中心まで火を通す必要のないもの、水分が多い食材、たとえば魚介類などは高温で短時間で仕上げます。
こうした理屈を知っていると、どのように揚げればいいのか、おのずと分かるのです。
包丁とプロ意識
包丁を見ればその人の真剣度が分かる。
包丁というのは、とてもシンプルな道具です。私は師と仰ぐ人から、道具を大切にしろと教わってきました。中でも包丁は、命と同等に扱えといわれます。なぜなら、お金をもらって料理をする人にとっては、包丁が生活を成り立たせてくれているからです。
包丁を見れば真剣度が分かる
職人がその地位を確立できるのは、誰もが真似の出来ない技術を有しているからです。料理人も同じでしょう。料理は、家庭でも日常的にする人がいます。中にはプロも驚くほど、上手な人もいます。でも、お金を頂いて料理をするプロと、そうではないのと、全く違う。
その違いのひとつが、包丁です。包丁を見れば、技術を有した人かそうでないか、一目でわかる。
包丁の形状は、実に理にかなった形をしています。日本人は、素材に応じて、その形を変えてきました。例えば、捌く魚の大きさや種類によって、違います。もっとも美しく、早く、正確に捌けるように、様々な形状の包丁があるのです。真剣に、情熱を持って、お客様に良い料理を作ろうと考えている料理人は、例外なく、自分の創る料理に見合った包丁を揃えています。そして、いついかなる時も仕事ができるように、包丁を手入れしています。
ほんと、惚れ惚れするほどに。
切れる包丁の驚きの切り口
お寿司屋さんに行けば、わかると思います。
たとえばマグロを切る時、どんな包丁を使っているでしょうか?鯛を切る時は?サバを切る時は?すべて違う種類の包丁を使う方もいらっしゃるでしょう。そうでなくても、刃渡りが長く、幅の薄い、日本刀のような柳刃包丁を使う方が多いと思います。少なくとも、切れない包丁はもっての他、ずんぐりした出刃包丁や、三徳包丁を使う人はまずいません。
理由は、口あたりがまったく違うからです。魚は、筋肉のかたまりです。ミクロの視点でいうと、先だって書いたように、鎖状に連なったたんぱく質です。天文学的な数の細胞の集合体です。それを断ち切る時、切れない包丁で切ると余計な力が入り、無駄に細胞を壊してしまいます。また、刃渡りの短い果物ナイフで切ろうと思えば、たとえよく切れたとしても、ギコギコとのこぎりを使うように反復させなければなりません。
すると、その切り口はボロボロになる。
切れる包丁で切った刺身は、切り口がつるつると滑らかです。光を当てれば鏡のように反射するほど。口に入れれば、豆腐のようにつるっと感じることさえある。実際、美しく磨かれた、切れる包丁で刺身を造る職人さんを見ていると、まるで豆腐でも切っているかのようなのです。
プロ意識とは??
魚に限りません。
ご存知の方も多いと思いますが、玉ねぎだって、切れる包丁で切れば、細胞をつぶさず切れるので、目が痛くならないのです。そして、細胞に抱えられた水分が流出することなく保たれるので、素材自体の味が濃くなります。プロにとって、料理の美味しさを左右するのは、知識や表面上の技術以前に、まず包丁が切れるかどうか、素材に適した包丁を使っているかどうかである。
そう考えるべきでしょう。
素材の味を液体に溶け出させる(フォン=出しを取る)最も有効な方法
フォン(Fond)はいわば、出汁ですが、スープでも、パスタソースでも、フォンの美味しい取り方にはルールがあります。
水から材料を入れて加熱する
沸騰してから材料を入れてはいけません。
理由は、表面のたんぱく質が熱凝固し、内部から旨み成分が溶け出しにくくなるからです。火にかける前に材料をしばらく水につけておけば、その間にも水溶性の旨み成分は溶け出します。特に、肉には、たんぱく質やペプチドなどを分解する色々な酵素が含まれています。その酵素の働きで、40度付近では旨みを示すアミノ酸が増え、60度付近ではペプチドが増えてくることが科学的に証明されています。
ペプチドは、アミノ酸が2個から数十個結合したもので、他の味をまろやかにすることがわかっています。つまり材料を水から入れると、水の温度が上昇している間にも酵素のはたらきで、旨み成分が増えるわけです。
沸騰させすぎない
肉からだしをとると、旨み成分だけでなく、コラーゲンも多く溶け出します。このコラーゲンが多く溶け出すと、旨み、まろやかさを強く感じられるようになります。この溶け出す量を左右するのが、加熱温度。先ほど、水から材料を入れて加熱することが大事だと書きましたが、液体の温度があがってきても、ボコボコと沸騰させてはいけません。
100度近い高温で加熱を続けると、フォンの中に溶け出した旨み成分が分解されて減ってしまうのです。それに、溶け出した脂肪が小さな湯的になって細かく分散し、フォンが濁る原因にもなります。
だから、85度から90度くらい、というのは液面がかすかにゆれる程度の温度で、加熱するのがいい。この加熱の状態をフランスではミジョテといいます。意味は、「静かにほほ笑む」。
かといって、80度を下回るとたんぱく質が溶け出す量がガクンと減るので、あまり火を弱めるのも良くない。ミジョテがベストです。