「肉の火入れ」って難しいですよね。
イタリアンレストランでも、肉料理を仕上げるのは、料理長の仕事です。パスタ料理よりも難しいので経験の長いシェフが勤めました。
しかし科学的知識だけは、シェフと同レベルの知識を持つことは可能です。必要なのは、タンパク質の理解。
タンパク質の美味しい状態とは?
たんぱく質の美味しい状態は科学的に明らかにされています。
「ミオシンの変性は美味しいが、アクチンの変性はまずい」ということです。
魚の場合、ミオシンの変性は40度からはじまり、アクチンは55度から始まります。一方、陸上動物の場合は、海の中より温暖な気候や熱波を生き抜いていく必要がある為、ミオシンは50-60度、アクチンは66-73度で変性します。
以上から、60-67度で調理された場合に最高の食感になることがわかりました。食品科学者たちが実証的研究を重ね、突き止めた結論です。この温度範囲が良いのは、ミオシンとコラーゲンは変性するがアクチンは変性せず、赤身の肉はピンク色の色合いを保ち、暗褐色の肉汁がほとばしるから。
これだけベストの状態がわかっているのですから、料理人は、その状態に仕上げるのが仕事になります。
肉を軟化させる方法
そうはいっても、肉の種類によっては、どうしても硬かったり、脂が少なくパサつきやすい部位はあります。脂の少ない鶏の胸肉や、牛すね肉がそうです。それらをたんぱく質の構造を変化させることによって、軟化させることは可能です。
たとえば、パイナップルに含まれるブロメラインや、キウイフルーツに含まれるアクチニジン、ショウガに含まれるジンジベインは酵素の働きにより、たんぱく質を分解し、柔らかくすることがわかっています。
また塩をするのもひとつで、一部のたんぱく質は塩によって溶解します。
筋源線維たんぱく質と筋形質たんぱく質
動物の肉は、筋線維と呼ばれる細胞がコラーゲンの膜で束ねられた構造をしています。この筋線維は、長い繊維上の筋源線維たんぱく質と水溶性で球上の筋形質たんぱく質で構成され、筋原線維たんぱく質の間に筋形質たんぱく質が詰まった構造をしています。
といってもわかりづらいですよね、大、中、小、3つの大きさのストローをイメージしてください。大のストローは筋肉です。そのなかに中のストローが十数本ぎっしり詰まっています。この中のストローの中に小のストローが数十本ぎっしり詰まっているのですが、これが、筋原線維たんぱく質です。
そして、その小ストローと小ストローのすき間に球状のたんぱく質がびっしり詰まっていて、これが筋形質たんぱく質になります。ややこしいですね、イメージできますでしょうか。
たんぱく質が凝固する温度帯
加熱した時の肉の固さは、繊維状の筋原線維たんぱく質と球状の筋形質たんぱく質、それからそれらを覆っているコラーゲン、この3つの変性する温度によって決まります。
筋原線維たんぱく質が熱で凝固する温度は、45~50度付近。筋形質たんぱく質は56~62度付近。コラーゲンは65度付近でいったん縮んで最初の長さの約3分の1ほどになり、さらに加熱すると分解されてゼラチン化します。
加熱による肉の固さの推移
ということは、加熱をはじめて最初に熱で固まるのは、小ストローの筋原線維たんぱく質です。この時点では、小ストローとの間にある筋形質たんぱく質は固まっていないので、噛むと筋原線維たんぱく質がたやすく動く為、やわらかく感じます。筋肉内の温度はこのとき50度。これが60度を超えると、筋形質たんぱく質も熱で固まる為、筋原線維たんぱく質とぴったり張り付いてしまい、固く感じるようになります。
さらに65度を超えると、筋線維を束ねているコラーゲン、中のストローが急激に縮むので、肉は一段と固くなります。
ところが、75度付近を超えると、コラーゲンの分解が始まり、ゼラチン化が急速に進むため、肉はふたたび柔らかくなるのです。実験で、60度付近までは温度が高くなるほど柔らかく感じ、60度を超えると急激に固くなり75度付近を超えると再び柔らかくなることが証明されていますが、その理屈は以上でわかります。
煮込み続けると、筋線維を束ねているコラーゲンの膜のゼラチン化が起こるので、どんどん柔らかくなっていきます。長時間煮込んだ煮汁を冷やすとゼリー状になるのはそのためです。
ただ、煮込み時間が長くなりすぎると、コラーゲンの膜が溶けて、肉の繊維がばらばらにほぐれる為、肉は形を保てません。
肉の火入れと魚の火入れの違い
牛などの畜肉と魚肉のたんぱく質の組成をみると、大きく違うのはコラーゲンなどの硬たんぱく質の量です。肉の固さは、この硬たんぱく質に左右されるそうなのです。たとえば、仔牛の硬たんぱく質量は全体の25%、対してイワシは2%。10倍以上違います。だから、畜肉の方が固く感じるのです。
魚の煮込み時間を短くする理由
コラーゲンは、高温で長時間加熱すると分解されます。先だって書いたように、畜肉は煮込めば煮込むほど柔らかくなるのはその為でした。魚は長時間煮込みません。煮込み過ぎると、身がボロボロになります。また、水分や旨みも出てしまって、身はパサパサに感じます。
その理由は、コラーゲンが少ないから。それほど長く加熱しなくても柔らかくなるんですね。
そう考えていくと、肉を煮込むとき、柔らかくするなら、コラーゲンの量を知っておくと判断しやすくなります。たとえば、仔牛は25%の硬たんぱく質量ですが、豚は29%。仔牛よりも豚の方が長く煮込まなくてはいけない理由がわかります。